「ったく!あいつらっ、どこ行ったんだぁっ?」
もうかれこれ四半刻は走り回っている宗明の呼吸も弾み始めて久しい。特に体力に乏しい訳では無いが、錦町近辺の神社仏閣を虱潰しに回っており、またそういった建物は殆ど隣接しないので数は多くはないものの、結果的にかなりの距離を移動することになるのである。
『今それどころじゃないんだよ!』
『助けて宗明!殺されちゃう!』
呪が掛けてある首輪で連絡を取ったその返答には流石に面食らったが、あの小憎らしい双子がそう易々と殺されるとは到底思えなかった。しかしいくら有能な両腕であっても、二人がまだまだ子供であることに変わりはなく。浅はかで、単純で、非力で、傲慢で、夢見がちで、庇護を必要とする弱いお子様なのである。
「…チッ」
そして宗明は走る速度を上げた。
『承 二人〜漆〜』
「で?何の勝負をする訳?」
腕組みをしている山吹は左手をそのままに右手を頬に宛がい首を傾げた。いくら『彼女』が麗人であっても華奢な咲がそうするのとは全く別物である。激しい違和感を拭い去れない。
「チビ共を連れ戻す」
「また…エラいセコい手できたわね」
「おお。場所を聞き出すなんて野暮な真似はしねぇよ」
「あら?別にしてもいいわよ。どうせあんたが負けるんだから」
勝負を公平に行うための確認だというのに、汚い手でも何でも使えということか。
「んだとカマ野郎!」
「なんとでも」
「―――っ。後で吠え面掻くなよ!」
「ええ。勝ち誇った顔でも練習しておくわ」
「―――っ、絶対負けねぇ!」
「まぁ、頑張りなさいよ」
どこまでも余裕の態度を崩さない山吹に宗明は今にも飛びかからんばかりである。しかし、咲の手前本当に飛びかかる訳にもいかず(彼女の腹心とも言える山吹にこんな理由で手を出したら確実に咲を敵に回し、それによって宗明だけが不利になる上、咲の世話役になる以前の山吹はかなり腕の立つ武僧だったと聞いている)、すんでのところで指を指すだけに止まった。この際行儀なんて関係ない。
「暮れ六つまでだ!見つかっても見つからなくても鐘が鳴ったらここに戻れ!」
「あと半刻くらいかしらね。いいわよ、それで」
ペチッと己を指した宗明の手を払い落としながらも、涼しい顔で答える山吹はいっそ清々しいまでの自信に満ちている。
「それじゃ、お先にどうぞ」
「―――くそっ!」
双子の命が脅かされそうな場所――神社仏閣、賭場、見せ物小屋、呪い処、花街にまで足を延ばしたが二人はおろか心当たりの所在さえ聞き出すことはできなかった。そしてたった今、無情にも暮れ六つの鐘が鳴った。
(―――これは、仕方ない。あれだ。箱根辺りにでも行ったんだろう。あいつらが本気で走ったら俺なんて到底及びもつかねぇからな。うん。そうに決まってる。)
などと思いながら宗明は手鞠屋の階段を上っていた。まだ、双子は帰らないものと信じて。
(しかし…長い…)
半刻も走り回って、いくら体力に自信がある宗明でも、脚が棒になるという意味をこれ程までに痛感したことは数える程しかなかったように思う。その上この五階まで続く長い階段である。一階分上がっただけにも関わらず、既に息も絶え絶えだ。もちろん助けは無い。宗明は、深い溜息を吐いて上へと続く階段を睨みつけた。
宗明がどうにか部屋の前に辿り着く頃には勝負のことなどとうに頭に無く、ただただ休みたいという思考に支配されていた。そしてよろめきながら襖に手を掛けたその時、漸く中の声が聞こえてきた。
「…だからね、私ほんっとに頭にキたの。だってあのおじさん何にも見てなかったんだよ!?」
力説する燐の声は、興奮で金切り声じみてやけに耳につく。
「あらあら」
「そんなの冤罪もいいとこじゃないの」
「ふぉうぇみ、ぱももっぷぁん、ふぃももあみ、ふぃっぷぁいやあっえ!」
今度は蘭が力いっぱい補足するが、口いっぱいに物を詰め込んでいるので、いまいちよくわからない。
「えー?」
「蘭、お行儀が悪いわよ。頬張りながら喋っちゃいけないって言ったの忘れたの?何言ってるのかわからないわ」
「でも髪の毛を引っ張るのはいただけないよねぇ」
「そうね、それはいただけないわ…って、判ったの!咲?」
「え?うん」
思わぬところで特技を披露する咲。
「…っん。お咲ちゃんさすが!」
「あたしその時一緒に居たのにちっともわかんなかった!」
「それは非道くない?」
「仕方ないもん」
そして談笑。楽しげな夕餉の風景。
「…って、ちょっと待てー!!」
宗明は思わず襖を開け放った。卓を囲んだ四人が一斉に宗明に向く。彼らは昼間にはあった多くの間仕切りのような襖の大半が取り払われ、広大な一間と化した座敷の中央で夕餉を囲んでいる。場所はと言えば、右手奥から時計回りに蘭、燐、山吹、咲である。ちなみに正面、上座は空いておりもう一膳(恐らく宗明の分)が用意されている。
「上座空けてんのに待たねえってのはどういうことだ?」
仲間外れにされたのが気に入らない宗明は厳しく問い質した。
「だって小半時も待ったらお膳冷めちゃうじゃない」
特に悪びれた様子も無く、山吹が答える。しかし、その言葉の中に何か奇妙しな単語が混ざっていたような気がする。
「は?こは…ん?」
宗明が瞠目して繰り返すと、双子が決定打を突き付けた。
「残念だけど、宗明」
「あんたの負け」
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080415 第1稿
背景画像 空と海の鐘 様
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