「宗ちゃん、おかわりは?」
「…ん。くれ」
「はい」
咲は手にした急須の注ぎ口を差し出された宗明の茶碗へと傾けた。実に優雅な仕草で茶を淹れる姿は、確かに横目に見ていても悪くはない景色だ。と、宗明は広げられた短冊に筆を走らせながら思った。
『承 二人〜伍〜』
「はい、どうぞ」
そう。熱々のそれが口きりいっぱい、なみなみと注がれてさえいなければ。
「…咲」
「なぁに、宗ちゃん」
にこにこと、音がしそうな笑顔で見詰めてくる少女に呆れて宗明は溜め息を吐いた。
「お前…十八になるなら茶くらいまともに淹れろよ」
「宗ちゃん、うち今十八よ」
「そうか。悪かったな。…って俺が言ってんのはそこじゃねぇよ!」
宗明は段々と声を荒げ始めたが、対する咲は全くどこ吹く風でキョトリと首を傾げる。
「?」
そんな仕草に苛立ちを隠せない宗明。ビシっと茶碗を指して咲に向き直る。
「茶・の・話だ!お前何だこれ、さっきからなみなみ注ぎやがって!飲ませてぇのか火傷させてぇのかわかんねぇだろうが!」
咲は宗明の怒りの原因が解らないままに、その淡い飴色の目を伏せた。
「…ごめんなさい」
その姿に反省の色を読み取った宗明は諭すように語る。
「…なぁ咲、嫁入り前の娘が茶の一つも入れられねぇでどうする?貰い手がなくなるだろう?」
「でもうちのことは宗ちゃんが貰ろてくれるんでしょう?」
「そうだな。でも旨い茶が淹れられねぇうちは駄目だ」
「へえ、あんたって以外と家庭的なのねぇ」
思わぬところから帰ってきた返事に宗明は鋭い視線を向けた。その先にはおよそ一間はありそうな身の丈の大男。開けられた襖の間、腕組みして柱に凭れていてもとても窮屈そうに見える。蜜色の髪を曲げにはせずざんばらに下ろし、渋色の浴衣を軽く着崩している。手拭いを肩に掛けているところを見ると風呂上がりのようだ。
「壱光(いっこう)…」
宗明は呆れのような、諦めのような微妙な視線を大男に送った。呼ばれた男は顔を顰めて僅かに声を荒げる。
「山吹だって言ってんだろ?このクソガキ!」
正に売り言葉に買い言葉。宗明も皮肉を込めて言い返した。
「お前にそんな品のいい名前似合うと思ってんのか?このカマクソ坊主!」
「クソ坊主は余計よ!」
「…カマはいいのか?」
「別に構わないわよ?」
大男、もとい『彼女』こと山吹は凄みながら(しかし笑みを湛えて)ゆらりと宗明に詰め寄った。咲の隣、卓を挟んで睨み合う二人。
「あ、吹(ふき)ちゃんお風呂どうやった?」
不穏な空気を感じ取ってか、はたまた何も考えていないのか、咲は別の話題を投げたが、二人は全く意にも介さなかった。
「ええ。いいお湯だったわよ。混んでくる前に行ってらっしゃい?」
「おお。話なら待っててやるから行ってくればいい」
青筋を立ててお互いを睨んでいる山吹と宗明は、チラリとも咲に目をくれずに少しだけ口角を上げた。心なしか目が血走っているような気がするのは、恐らく間違いではないだろう。
「うん。…んー、でもうち、燐ちゃんが…」
咲は曖昧に言葉を濁した。
「燐?」
「そう言えばチビっ子たちはどうしたのよ?姿が見えないけど」
二人は互いに牽制し合いながら咲に尋ねた。
「確か、夜になったら帰るとか、蘭ちゃんが…」
「「夜ぅ!?」」
咲が記憶の海から必死に与えられた一言を掬い上げると、宗明と山吹は信じられないとでも言うように咲を見た。
「ぅあ…ごめんなさい」
「いや、別にお前のせいじゃないだろ」
「うん」
「そうよ。悪いのはちゃんと躾てない宗明なんだから咲が気に病むことないわ」
いちいち言うことに棘がある山吹。
「んだと?」
「事実でしょう?」
かたや激しく睨め付けながら立ち上がる宗明。齢二十一。
「してみるか?勝負」
かたや相好を崩さず仁王立ちの山吹。齢二十八。
「手加減は要らないわよ?」
かたや両者を見上げ静かに茶を啜る咲。
「…あ、」
「美味し」
決戦の火蓋は切って落とされた。
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080501 第2稿 修正
背景画像 Slow Life 様
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